森雅史(もり・まさふみ)の Football Is Alive

サッカー記者の取材裏話らしきものや緩いもろもろに加え、大好きなガジェット系や音楽系のお話しなど。試合や選手などに関することは記事の配信先に配慮して、数日経ってから更新します。

韓国人? おめでとう!

ホテル着が2時。朝8時まで同じツアーの人2人と飲む。今日は外に出る気がしない。みんなが「ほら、1?3で負けた日本よ」と言ってそうな気がする。ショックで病んでいる。

野球ファンで、メーリングリストに「ワールドカップに関してはまったくわかりません。アンチ日本代表の非国民としてはこの時期に野球中継の影響が出ないことだけを祈ります」などど書いてくる友だちが、「いよいよです」というタイトルで「タイトルを見て豪州戦のことと思ったことでしょうが、特に興味はない非国民の私でした」などと投稿している。試合前に送ったんだろうけど、試合後にこんな悪意に満ちた投稿を見て、かなり悲しくなった。

ホテルの部屋で試合を見ることにする。起きたら安貞桓の決勝点が決まった。フランスは後半だけ見た。人に会いたくないので「バーガーキング」に行く。先に来ていたツアーのメンバーが店員から言われたそうだ。「韓国人? おめでとう! あら、日本人? それはお気の毒に」。早々にテイクアウト。スーパーでビール8本と水6本を購入。T君と持ってきていたDVDの「ロード・オブ・ザ・リング」を見る。MacBookの液晶は横の可視性はいいが、縦はよくない。だから2人も同じ高さの視線で見る。一人はベッド、一人はイスだったので、かなり不自然な格好だった。

明日14日はツアーの有志とボンに行くことにした。もしかすると、ボンだけが日本人が今大手を振って歩ける町じゃないかという気になっている。夢とうつつの狭間でブラジル戦を見る。カカの左足の流し込んだシュートのうまさと、あの蹴り方であのスピードが出るということに感心ながら、まどろむ。気付いたら2時。慌てていろんなことを整理。7時にはボンに向けて出発するので、このまま起きておくことにした。

オーストラリア戦

2時30分に集合して3時に出発。片道6時間のバスの旅。途中でパスポートコントロールはない。なのでタバコ2箱と清酒というR師匠へのお土産は無事通過。

9時現地着。高速道路は何の変化もない風景。途中ライン川があったので、ワインに期待する。高速を降りてから深い森を抜け、カイザースラウテルンに到着。さっそく町中を視察。

オーストラリアのファンが多い。歩いていても、彼らは車から「GO! Austraria!」と声を掛けられている。広場でもオーストラリア人ばかり。「URTLA」と書いてあるシャツを着ていたため、いろいろ挑発される。ストレートに「ファック・ユー!」と行ってくるヤツもいれば、「Have a SUSHI ROLL!」と歌いながら歩いていくヤツらもいる。12時近くになって日本人も増えてきたが、黄色の膨張色のほうが、青よりも目立っているため、どうしてもオーストラリアの応援団が多く見えた。ワインを探すがない。ビールを頼む。一杯3ユーロ。加えてコップ代が1ユーロ。このコップ代はコップを戻すと返してくれる。町中のゴミ箱は、プラスチック、燃えるゴミ、燃えないゴミの3つに分別されていた。

シャツに「You'll Never Walk Alone」と書いてあったおかげで、すごく親しげにやってきたダフ屋がいた。「お前、その言葉は何か知ってるか?」「リバプールだろう?」「俺、実はリバプールから来てるんだ。お前が、もしアンフィールドに来たら、俺がチケットを売るから、絶対連絡しろ」。ダッフィーのお兄ちゃんはすごい勢いで手を握って去っていった。自分の心のチームの言葉を異国で知っている東洋人に会ってうれしかったんだろうなぁ。ちなみにカテゴリー1が300ユーロと言われた。本物かどうか不明。でもドイツ人が入らなければ満員にはならないカードだから本物の可能性もある。町中で「I need a ticket」と書いた人は1人しか見なかった。

ウルトラスツアーで配られた「もんちっち」のキーホルダーをスタジアム付近でドイツ人の子どもたちに配る。ぬいぐるみを見るとみんな「モンチッチ?」と聞いてくる。知名度は抜群だ。ドイツ人を味方にしよう作戦。確か一番最初にこんなことをやったのは、オーランドでのオリンピックだった。その時は青い風船のプレゼント。年月を経て、仕掛けもしっかりした。子どもたちに渡すと親がちょっと戸惑いながら「いくら?」と聞いてくるから、「プレゼント」と言いながら渡すことにする。

入口で一緒のツアーの子が友だちと一緒に見るためにチケットの交換を申し出ていた。カテゴリー1をカテゴリー3に交換したいという申し出に対して、相手は金をプラスしろと言っている。結局諦めた。相手は欲張ったために惜しいチャンスを逃したものだ。

12時開門。入る時にボディチェックがあったが、かなり甘かった。日本人だからかも。チケットも機械にかざしてグリーンランプが点灯すれば、そのまま入れる。身分証明はない。もし身分証明書を出していたりしたら、12時開門でも間に合わなさそう。

ワールドカップの席のカテゴリー分けはひど過ぎる。カテゴリー1なのにコーナーから放射状に伸びたところの席。鈴木昌チェアマン、鬼武健二次期チェアマンなどJリーグ関係者もみんなそこだった。日本だったらどんなによくてもカテゴリー2,通常ならカテゴリー3だろう。もっとも見やすいスタジアムだった。サッカー専用ならでは。席は入る時に色分けされているだけで、中ではチェックがなかった。

スタジアムの中ではオーストラリアと日本が半数程度。町中の分布とは違ってひと安心。どちらも太鼓を持ち込んでいて応援しているのだが、オーストラリアはスネアドラムなので、全体に響かない。また日本の観客は太鼓が鳴れば拍手なり声なり合わせてくる。応援は日本がリード。ただ、後で聞いたところでは、いつものようなトラブルは今回もあった。集まろうとして席の交換を申し入れ、応援しているとうるさいと言われ、立っていると座れと言われる。前回大会で出たセグメント分けの問題点は今回も変わらなかった。

試合が終わる。帰り際に後ろから何度も「Australia 3, Japan 1!」と声を浴びせられる。駐車場ではおっさんから手にキスされ、「次のクロアチア戦を頑張ってくれよ(つまり彼らを楽にしてくれ)」と言われる。かなり気分を害する。

バスの出発が19時。途中PAに寄った。ドイツでもやっぱりPAの値段設定は高い。トイレは0・5ユーロ。だがそのトイレのチケットを出せば、食事や物を買った時に0・5ユーロ割引がある。

オランダのバーでオランダ戦

陽の光で5時に起きる。日の出に見ほれて写真を撮る。いろんなところに教会の塔がある。「すぱさか」のオープニングと説明して写真を見せるとみんなに納得してもらえた。

朝食はバイキングで、チーズとハムとパンが凄くおいしい。すでに食べ過ぎと飲み過ぎ。

朝、、町を回るが日曜なのでほとんど店は閉まっている。クライフさんのシャツを着ていたおかげで、4回話しかけられた。みんな年配。最初にオランダ語で話しかけてくる。

セルビア・モンテネグロ?オランダを昨日のスポーツバーで見る。数名の仲間と一緒に行ったせいか、今回は話しかけられなかった。目も合わせてこないので、それどろこじゃないってことだろう。

何とも言えない試合展開だったが、1?0でオランダが勝利。ハーフタイムに1本たかれていた発煙筒が、試合後には2本に増えた。町中をクラクションを鳴らしながら車が通るものの、やはり田舎だから10台ぐらい。何かかわいいって感じ。この表現は書き手としてどうかと思うが、でも実際に少数の荒くれたちが静かな中で騒いでいるとかわいいというのがぴったり。

20時30分から決起集会。というか、交流会というか、飲み会。それぞれの特徴を把握する。みんな情熱がほとばしっていて、大人し過ぎる人たちかもしれないという懸念はなくなった。

現地入り

KLMでアムステルダムに到着。今回のウルトラスツアーは高騰するドイツ国内を避け、オランダとドイツの国境近くのエンスヘーデに宿泊し、すべてバスの旅。エンスヘーデまで2時間30分、バスに揺られる。オーストラリア戦だけの参加と全試合観戦の2コース合同で32人、知った顔は3人。あとは各人ドイツ入りしたようだ。

ホテルは2005年のワールドユースで日本代表が泊まったという4つ星ホテル。いたってシンプル。空調がない。卓上扇風機のみ。12階で窓が開き、ベランダに出られるが、高所恐怖症の身としては出られない。セイフティボックスは電池切れ。シャワーのみ。机にコンセントが2つしかなく、パソコンを使うとテレビかライトが使えない。

速攻でスーパーに出かけてビールを購入。酒はターキーを免税店で仕入れておいた。その後スポーツバーでアルゼンチン?コートジボワールを見る。たくさん店があるが、どこも満員。

鳥栖のサポーターミーティング

渡欧前というのに鳥栖に飛んでサポーターミーティングに出席。急に決まった会議だったので安いツアーが取れなかった。これから海外で費用がかかることを考えると、ちょっとため息。
K君という小学校以来の友だちに会う。僕のインタビュー記事を読んでくれていたみたいで、うれしかった。ミーティングの内容は、かつていろんなクラブのサポーターから聞いたような話。鳥栖も着実に進んでいるということだろう。だけど、これまた他のチームでも見られる「サッカーよりも応援が好き」「自分たちのグループの利益優先」という傾向ははっきり感じ取れた。
6月中にゴール裏の一団体がどう考えをまとめるかに注目したい。今日の話し合いを聞く限り、彼らの影響力は小さ過ぎる。なぜ他の人たちが離れているのか気づくべきだろう。もし他から離れた思想で応援したいのなら、中心から離れた場所にすべきだ。そのためのいい1カ月になったのではないだろうか。
それにしても、みんな会社の危機があっさり去ったと思っている。今まだよちよち歩きを始めたばかりの会社なのに要求ばかり。自分たちの殻に閉じこもっているうちに、またピンチを迎えたらどうするの?

強者ども

今週になってからも「チケットない?」って電話がかかってきます。もちろん目前のワールドカップのチケットで、日本戦以外にもいろんなチケットを探している人たちから連絡がありました。中にはとりあえず飛行機のチケットだけを持っていて、あとはドイツで探そうとする人も。さらには、休みだけ取ってるけど、飛行機もこれからという強者もいました。っていうか、みんなワールドカップに慣れすぎ(笑)! 1試合も観られずに帰ってこなければならないケースもありそうなので、そうなっても楽しめる人だけが許されるシチュエーションですよ!
聞くところによると、今回はものすごくカメラマンも苦労しているようです。他の地域開催なのだからでしょうが、「パス」を持っていても試合会場に入れないケースが続出しそうだとか。そ、それって重い荷物を山のように抱えて前の試合の都市から移動してスタジアム入りして、ウェイティングでダメが出るってこと。つらすぎる。でも連日そうやって試合会場を回るんですよ。それも強者と言っていいんじゃないか、と。
このアーティクルに落ちがないのは、まだ準備に取り掛かっていないから。今ひたすら東芝のHDDレコーダに保存してある試合をDVDに焼く作業に没頭しています。全部空けて今大会も全試合保存しようと思います。

ドイツ行きまであと1週間

まもなくワールドカップです。行ってきます。新しい旅行かばんも買いました。携帯も3Gにしました。パソコンも狙っていたMacBookをゲット。お酒は機内でたっぷり買うつもり。6月10日出発のウルトラスツアーです。オランダのエンスヘーデを拠点にして、バスで日本戦に赴きます。往復18時間もバスに乗るという荒技を経験するのも、また一興。フランクフルトに部屋を借りたというライターの平野史さんが泊まってもいいとわざわざ電話を下さいましたので、お邪魔するかもしれません。幸運にも日本のTSTを持っていて、帰りは日本の最終戦の翌日に乗る予定にしています。それまで日本のサポーターが何をしていたのか記録を残していこうと思います。

思えば93年、ドーハへのウルトラスツアーでは様々な人間ドラマが繰り広げられました。坊主頭にさせられたヤツもいれば、一睡もせずみんなで廊下に出てクイーンの『ウィ・アー・ザ・チャンピオン』を聞いたり、話し合いの場では一番おとなしそうな人物が相手に食ってかかったり、現地のこどもと仲よくなったり、他の日本人ツアーの人たちからののしられたり、逆に一緒に写真を撮ろうと言われたり、デマが回ったり、何も形として残しておかなかったのが今となっては残念です。

「ビデオを持っていきなさい」とうじきつよしさんのマネージャーさんに言われたのですが、やはりここは写真と文で表現していこうと思います。

なぜこうなってしまったか

ある日、あるチームを取材していたときの話です。 そこは選手を囲みながらファンの前を移動するようになっていました。 ファンの中にはカメラを抱えていらっしゃる方もいらっしゃいます。 その方のファインダーの中には移したい選手と同時にどうしても記者の姿が入ってしまうのでしょう。 選手一人の姿を撮りたいという強い気持ちがあったのは分かります。 だからその方は大声で怒鳴ってきました。 「うざったいからどけよ、このマスゴミ! おまえらゴミなんだから!」 ……。 私の幻想かもしれませんが、 ドーハのころは ラモスさんがサポーターの泊まっているホテルに来たり、 マスコミの方がサポーターに食べ物を差し入れしたり、 そんな関係が存在しました。 メキシコの青い空のころは 敗退後にコーチが頭を丸めたのを見て サポーターの何人かは自分も頭を丸めていました あのころの一体感はどこに消えたのだろう なぜお互いに理解できなくなってしまったのだろう もしかしたらお互いの情報不足かもしれない ということで、 どんな活動をしてどんな生活をしているか、 細々とお知らせします
最新記事
月別アーカイブ
記事検索
livedoor プロフィール