本日、また一本「みんなのごはん」で記事を公開することができました。これも読んでいただいているみなさま、また守っていただいている中の人のおかげです。いつもありがとうございます。

今回は、きっとご本人が意図しない間にとても助けていただいたこの方にご登場いただきました。
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激動の4年だった……オシム、岡田両監督を支えた大熊清が日本代表で見たものとは

大熊さんが日本代表のコーチだった時ほど、練習取材がしやすいことはありませんでした。特にイビチャ・オシム監督のころはそうです。

この練習にどんな意味があるのか、何がポイントなのか、誰がどの色のビブスを着るのか、大熊さんがあのよく通る声で選手に指示を出されていたので、取材しているほうも何が起きているのかはっきりわかったのです。きっと大熊さんは僕たちを助けているとは思わなかったのでしょうが、表彰ものぐらいにありがたかったのは事実でした。

もちろん、それだけではなくて、FC東京とC大阪で2度チームを昇格させたのにもかかわらず、J1の舞台で指揮を執らなかった意味も聞いてみたいと思っていました。野心だらけのプロの世界にあって、珍しく自分を前に出さない方です。

またいつか、現場に戻っていただきたい方です。そのとき、小声になっていたら困るので、取材の時に助かっていたという話はしませんでした。