DSC00545


「みんなのごはん」の中では異色だったサッカー連載
この企画はどうやって生まれたのか
そして続いた秘密は何だったのか

ゲーム雑誌、ネットニュースと様々な経験を経て
サッカーコーナーを生み出した両角浩太郎氏が
自らのバックボーンと企画の裏話を語った



知られざる劇的ストーリーに光を当てたかった

「みんなのごはん」って、最初は「これぞインターネット」とでも言うべきノリを全面に出して活躍されているライターさんを中心に書いていただいているメディアだったんです。


そんな中で、「いわゆるリアルの有名人が登場したらソーシャル上でどんな反応があるか実験する」みたいなニュアンスで、第1回に川口能活さんに登場いただいたんです。


それで掲載したらその記事は話題にしていただいたんですけど、それ以外に集客というか、面白い現象があって。それは首都圏以外のユーザーが反応してくれたんです。


グルメの記事では、首都圏以外の記事は、PVとかシェアされる数にしてもガクっと落ちたりするんですけど、その川口さんの記事をやったときに、首都圏以外の生き生きとしたネットユーザーの方が積極的に発言してくれたりして。それで「あ、こういうところにいるのか!」みたいな発見がありました。


まぁ最初にリアルの超有名人を出すというときに、私の知り合いに芸能ライターがいたらそっちの分野になってた可能性はあったのかなと思います。なので、なぜ「ぐるなび」がサッカー記事をやってるんだろうって言われたんですけど、自分でも「なんでやってるんだろう?」って(笑)。


サッカー好きは好きだったんですけど、勝った負けたで一喜一憂するような感じじゃなくて、どっちかというと最近はDAZNでスペインのサッカーを見てたりすることが多いんです。


静かに楽しむというか。ワールドカップで日本が負けたら多少がっくりはするんですけど、もういい齢になったというのがあるかもしれないですけど、負けても「監督と協会は責任取れ!」とか、そういうノリはもうエネルギーがなくなっちゃって。


それに、もともと私はプロレスが好きだったんです。だから勝ち負けにそんなにこだわりはないんですよ。プロレスと格闘技の集客の構造を見るとわかるんですけど、戦わせたらプロレスラーより格闘家のほうが強いんです。けど、少なくとも一昔前までは集客力ではプロレスラーのほうが上だったんですよね。


どういうことかというと、たぶんそれは、ただ単に「強い人」に対して世の中の人はそんなに興味がなくて、知ってる人が勝ったか負けたかは気になるんです。そういうところが集客力の差だと思うんですね。


だからスポーツコンテンツって突き詰めるとキャラクタービジネスになるだろうと。それがJリーグだろうと海外だろうと高校サッカーだろうとそんなに差がなくて。


超高校級のとんでもない選手がいるってだけで、その選手を好きになる人が一定数いて、その人が勝ったか負けたか、気になるという現象がその後に発生してくるんです。


なので、連載の趣旨としては「人にフォーカスを当てよう」と。知名度は関係ないと思ってたんです。むしろ、世の中の人がいろいろな選手を好きになるきっかけを提供したかったので、ちょっと玄人好みな方のほうがやりがいがありました。


もちろん、PVとかだけを見れば、記事の対象者を知ってる人が多ければ多いほどいいんですけど、それとは別の軸で、記事に出したときのストーリーとしておもしろいかどうかというのがあると思って。


有名な人ほどしがらみも多くて言えない話もあるでしょう。それに有名な方であっても、もうみんなが知ってる話だったりとかを記事にしても、受け取る読者はどうなんだろうって。


スポーツ選手って、日本代表とか全国区の人ではなくても、深く話をしてみると「おお!」と思うような劇的なストーリーの一つや二つって必ずあるんです。そういう話を書き手の方にうまく引き出していただきました。


それから僕は前職でニュースサイトをやっていたときに、世の中のメディアが新しい情報というのに捕らわれすぎてる気がしてたんですよ。でも、ニュースサイトで読まれる記事って最新の情報かどうかよりも、切り口がうまいメディアがよくPVを叩き出してた印象があって。


でも、サッカーメディアって、ほぼニュース系なんですよね。コラム系の切り口は大手ではそんなになくて。なので、ぐるなびでは最新情報を突っ込むよりも、切り口、見せ方みたいな部分でサッカーを捉えていったんです。


第1回の川口さんのときは、松田直樹さんの命日が近いという多少のニュース性を持たせてたんですけど、それ以降は、「なんで今?」みたいな、そういうところはありましたね。


そういうのって、いろんな編集者さんは、何かをやるときの理由として「今この時期だから、これを」みたいなのがあると思うんですけど、ユーザーからすると、そういうフックがあろうがなかろうか、面白いかつまらないか、なんだって。


そういう傾向をニュースサイトで勉強させてもらっていたので、最初からそういう普通の会社員っぽい理屈なんかはいいやって無視してやっちゃってたというのが真相です。


長く続けられたのは、書き手の方の「コンテンツ力」みたいなのもあったのかなって。記者さんってそれぞれ個性とかクセがあると思うんですけど、この連載を書いてもらってた人は、ファンとの心理的な距離が近いのかなって。


私、さらに昔はゲーム雑誌の編集者をやっていた時期があって、そのとき、編集部のノリとして編集者は早くゲームファンを卒業しろという感じだったんです。


ファン心理みたいなのを卒業して一歩上から俯瞰して見なければいけない、ファンを卒業してこそ一人前の編集者だって。そういう傾向は、他の会社でも実情は近いのかなって思うこともあって。


売り上げを無視して自分の好きなゲームを推す、みたいなことが発生するのを怖れてたのかなって、今になると思うんですけど。


ところがインターネットの時代になって一周回ったら、そういうファンを卒業した熱量のない編集者が集まるところって淘汰されるようになったと思うんです。熱量のある人の書いた記事のほうが全然いいっていう時代になってきたなって。


同人誌とか、熱量が全開に出たメディアとか作品のほうがおもしろいという瞬間は確実にあると思うんです。自分は同人誌を作ったことはないですけど、そういうものに抵抗はなかったので、今回の連載は、熱量の爆発の仕方とかスピリットは近いかなと思ってたんです。


今回の書き手の方は純粋培養というか、そういうサッカー以外のことを考えるんじゃなくて、純粋な気持ちで書いている方だったんで。だから続いたというか、社会の汚い部分に潰されずに来たというか(笑)。


もし、もうちょっとビジネス的なセンスを求めたら、この連載はこんなに続かなかったかもしれないです。売り上げにとらわれると、ファンの気持ちとシンクロしないと思うんですよ。それは「みんなのごはん」みたいな雰囲気のメディアではマイナスだろうと思いました。


その意味で、今回は「ファン力」みたいなところが出た連載だったと思います。熱量の出し方みたいなところで、今回はユーザーの人とシンクロできたのかなって。


ターザン山本が僕の人生を変えた

自分はプロレスファンで、ターザン山本さんが編集長時代の週刊プロレス直撃世代なんです。ターザン山本さんって熱量全開にして書く人だったんで、そこにすごく影響を受けています。


今はネット上では「ネタキャラ」みたいな扱いなんですけど、私にとっては神のような存在で。「ターザン山本をリスペクトしてる」と言うと、今ではネタ的に思われちゃうんであまり言ってないんですけど。


ターザン山本さんが編集長をしていた時代の週刊プロレスって30万部くらい売れていたらしいんです。これは当時としてもすごい数字です。自分も小学校5年ぐらいから読み始めて、高校3年ぐらいまでは買ってました。


当時のターザン山本さんは読者の感情を魔法のように操って、プロレスファンの人生を変えてしまうくらいの爆発力があったんです。今の若者が読んだら「週プロってエモいよね」と言うかもしれません。


そのターザン山本さんが週刊プロレスで書いていた、「ザッツ・レスラー」っていう連載があったんです。今回の連載の元ネタをあえて挙げるとするとそれです。


すごく短いコラムなんですけど、いろんなレスラーのプライベート的な、ちょっとした小ネタみたいなのを面白可笑しく書いてるんですよ。


実はこんな人なんだって。アブドラ・ザ・ブッチャーって悪役で怖く見えるけど、実はこんな人なんだよって。ヒューマンタッチで書くというか。


でもそれを今回の書き手の方に押し付けたりはしなかったですね。「これ読んでおいて」、とかもやらなかったです。


世の中の編集の方がどれくらい押し付けるのかわからないですけど、どちらかというと私は面倒くさがりなのかもしれないんですけど、ある程度できそうだと思った方には、フリーハンドでやってもらったほうがいい結果になることが多いんで。


ちょっとプロレスの話に戻ると、私は前田日明さんが好きで。前田さんは強くて怖いイメージだけど、文学好きで知的な部分もあるんです。その二面性がすごくカッコよくて、大人になった今でも大好きですね。


その前田さんがまだ新日本プロレスにいるころで、子供心に「前田日明ってアントニオ猪木よりも強いんじゃないかな?」って思ってて。


それが気になってありとあらゆるプロレス本を読んだんですけど、この人はいいものを書くなって思ってる人ほど前田が最強だって書いてて、余計にプロレスにハマってたんです。


小学校の卒業アルバムで将来なりたい職業のところに「プロレス新聞記者」って書きました。ずっとターザン山本みたいになりたいと思ってたんです。


で、ターザン山本はプロレス記者なんですけど、映画や文学から言葉を引用したりとか、文章が格調高いんですよね。「この人はモノが違う」って子供心に思ってて。週刊プロレスに入る前にタブロイド紙の週刊ファイトにいたというのがわかったので、とにかくターザン山本になるにはファイトに入らなければいけないってずっと思って「プロレス新聞記者」を目指していたんです。


中学校3年間、週刊プロレスをほぼ毎週買って、投稿もしていましたし、夜中に編集部に電話をかけて「サムソン冬木が全然練習していないから誌面で批判してください!」とか要望を伝えたりもしていました。いま考えると迷惑極まりないですよね。


結構厳しい学校だったんで、学校に週刊プロレスを持っていって先生に没収されたりして。「学業に関係ないものを持ってくるな」ってことだと思うんですよ。きっとサッカー雑誌だったら没収されなかったんでしょうけど。


こっちはプロレス記者になる目標のために、つまり社会で活躍するための実践的な準備として読んでいたので、校則だとかルールだとか、そんなつまらない理由で邪魔されたらたまったものじゃないなと思っていました。


で、前田日明信者だったんで、職員室に行って「普通のプロレスと違って、前田がやっているUWFはガチンコです。ショーではなく競技なんだから返してください」って理屈で説得しようとしたりしました。


結局返してもらえなくて「お前、全然反省してないな」って。UWFのほとんどの試合がガチンコではなかったというのは後に知ったことなんですけど、それはいいとして(笑)。

DSC00549


「なんでこれ、『ぐるなび』なの?」と言ってほしかった

4年間、まるまる記事の設計は変わらなかったんです。一人称とか、1ページに全部入れるとか、その他諸々あったんですけど、それなりに読んでもらえるという記事が続いて、変える必要性がなかったという感じです。


リアリティが出せたと思うんですけど、あるときタイトルを付けたときにライターさんから「天才ですね!」と言われたことがあって、逆に自分の強みはそれしかなくて。


自分は実務家ではないんです。校正はザルっちゃザルだし。基本的にちょっと発達障害みたいなところがあって、うっかりミスがものすごく多いんです。家を出るときも2回に1回はカギを持ってないことに気付いてまた家に戻るとか、そういうタイプの人間なので、本当は編集に向いてないタイプなんですよね。


なんですけど、「ぐるなび」の前職でネットニュースをやっていたころから、ネットユーザーの気持ちに妙にはまる瞬間が、「これかな?」みたいな型ができて。


それでも前のネットニュースの編集部にはもっとうまいタイトル付けの達人がいて、私はいいところ中の上くらいなもんだったんですけどね。


だからタイトルを褒めてもらったとき、そこだけはちょっと貢献、書き手の方にも会社にも、できたかなって。


「みんなのごはん」ってSNSを通じてぐるなびという会社に親しみを持ってもらおうという感じだったんです。そこに、サッカーの記事をやると今まで「ぐるなび」に触れてなかった人たちが来てくれるというのがあって。


「なんでこれ、『ぐるなび』なの?」って。そういう意味で、潜在顧客に「ぐるなび」を意識させるというのがグルメ記事だとすると、この連載は潜在顧客のさらに外側にいる人たちを集める、みたいな。


そんな人たちにも届くというのが感触としてあったので、続けさせてもらったという部分がありました。よくこの企画が社内を通せたというか(笑)。


その新たなユーザーとの接点みたいな、理屈がハマる時期がありましたからね。だからこの企画が他の会社で再現可能だったかというと、そうじゃないかもしれないですね。


連載4年間やるなかで、ボツになった原稿もありましたね。複雑な事情で。あれはぜひ出したかったですね。それは今でも残念です。それから途中、ご飯の話が出てこない回があって怒られたこともありました。


一番おもしろかったのは、今にしたら笑えるんですけど、松永成立さんのとき、店を紹介してもらうのに、松永さんが忘れられない店って言いながら場所も店の名前も覚えてないっていう、忘れられないのか忘れてしまったのか、どっちなんだよって(笑)。そういう記事もありました。


審判の記事の反応が大きかったのはビックリでしたね。Jリーグの誤審騒動のときにもう一回読まれたりして。人間ってミスがあるんで、そんなに追い込まないほうがいいんじゃないかとも思いました。


私はプロレスファンだから、ああいうミスは絶対防ぐべきだとも思ってなくて、どっちかというと起こっちゃった事象をきっかけに様々な意見が出てよかったんじゃないかとも思いました。競技的にみたら不適切な言い方かもしれませんが。


あの主審の方も、たぶんいろんな思いはあるんでしょうけど、人間くさい方がストーリーとしてはおもしろくなるんで、ネット上の批判に負けないでほしいと思います。


正直、この連載が4年間続くとは思ってなかったです。最初は3カ月で終わりかと思ってました(笑)。連載が終わってみて思うのは、ニュース性とか関係ない中で、選手のいろんな側面について光を当てるメディアがもっと出てくればいいな、と。


私が始めたころよりは、こういう人にフォーカスを当てた記事って世の中に増えたかと思います。サッカーは勝ち負けだけに焦点を当てるとつまらないんじゃないかなって。サッカーに限らずですけど、勝つ選手と面白い選手は別です。そこに光を当てるメディアがもっと増えてほしいと思います。


ティーヌンの冷やしトムヤムクン・ラーメンがとんでもなくヤバい

私が週に1、2回は必ず行くのが、銀座の高速道路の下の、GINZA5という建物の中にある「TINUN ティーヌン」というタイ料理屋さんです。たぶん首都圏中にチェーン店があるんですけど、大学時代に先輩にタイ料理を教えてもらって、それが「TINUN ティーヌン」の別の店だったんです。


卒業しても定期的にタイ料理を食べてて、タイにハマって移住していた時期もあるほどなんですけど。私にとって「TINUN ティーヌン」は一番ホッとする味のタイ料理屋さんです。


大学時代にインディーズの日本のハードコアにハマって、そういうサークルみたいなのがあって、先輩にはインディーズでバンドをやってる人たちが固まってたんです。その人たちにタイ料理の美味しさを教わったんですよ。


その先輩の中で、世の中で知られている方というと、POWERというバンドをやっている根本潤さんがいらっしゃいました。過去にはSWIPEとかThere Is A Light That Never Goes OutとかZというバンドもやっていた方で、mouse on the keysのサポートもやっていたと思います。


根本さんは、おそらく日本で初めて「エモい」という言葉を発したとても感覚の鋭い方で、私と出会った1996年当時、すでに今と同じ意味で「エモい」を日常会話で使っていました。


その根本さんに「ティーヌンの冷やしトムヤムクン・ラーメンがとんでもなくヤバい」って教わって。


私も見事にはまって、大学時代は1日2回とか食べてました。先輩とお互いに「え?お前も1日2回食べた?」みたいな会話してたんですよ。冷やしトムヤムクンは夏季限定メニューなので、毎年夏が楽しみなんです。


最後になりましたが、今まで「みんなのごはん」を読んでいただいた方々、記事制作にご協力いただいたクリエイターのみなさま、CMSを保守運用いただいた株式会社はてなのみなさま方に御礼申し上げます。そういえば「みんなのごはん」っていうサイトがあったなって、たまに思い出してもらえるとうれしいです。ありがとうございました。


ティーヌン 銀座店 https://r.gnavi.co.jp/g501101/



■両角浩太郎 プロフィール
DSC00546

「選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にあり」「精神的なこと、これも技術のうち」「ショア!」が座右の銘の編集者。好きなサッカー選手は小野伸二。ムエタイではレックハーイ松本を師事する。アントジム所属。

1977年生まれ 東京都出身